本サイトでは編集の都合上「上之郷」地域も「初瀬道」に入れています。
上之郷(かみのごう)の名前は慶長年間(1596~1615年)に瀧蔵権現を長谷寺の鎮守として與喜山にうつし、その後、十社を合祀するにあたり祭祀の区域を上之郷(小夫地域)、中之郷(初瀬地域)、下之郷(朝倉地域)の三郷に分けたところからきています。
上之郷村となったのは明治21年(1888年)の町村制実施に伴うもので磯城郡に属し1956年(昭和31年)に桜井市に編入されるまでの68年間にわたり村の歴史を作りました。今も上之郷は地域の郵便局やJA等の名前として又このあたりを総称する名前としても残っています。隣接する泊瀬とは又、違った文化圏を持っていたことが、伝説や民俗資料、旧跡等からも伺い知ることができます。