59.射目立てて跡見の・・・

揮毫者 二条 弼基(にじょう ためもと)
東北帝国大学電気科卒のエンジニア。元伊勢神宮大宮司。

射目(いめ)立てて 

跡見(とみ)の岡辺の 

なでしこの花 

ふさたおり 

われはゆきなむ 

奈良人のため

   万葉集巻8-1549 紀朝臣鹿人
    (きのあそんかひと)

歌の意味
跡見の丘のナデシコの花よ。その花をたくさん手折って私は持って行こう。奈良にいる人のために。 ここで歌われている「跡見の丘」は桜井市・外山・忍阪・浅古に囲まれた「鳥見山」とされている。 

紀朝臣鹿人
紀女郎の父。生没年とも不明。天平九年に正六位上、同十三年に大炊頭に任ぜられる。橘諸兄らが活躍し、藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の反乱で聖武天皇が恭任京に移った頃に生きた人である。

歌碑の場所 60番
等彌神社上社に向かって左側境内の一段下がったところに西面して建つ。