22.こもりくの泊瀬の山の・・・

揮毫者 堀口 大学
大正・昭和期の詩人。翻訳家。与謝野鉄幹に師事。代表作に詩集『新しき小径』歌集『夕の虹』等

 

こもりくの 泊瀬の山の

山の際(ま)に 

いざよふ雲は 妹にかもあらむ

   万葉集巻3-428 柿本人麻呂

歌の意味
泊瀬の山々のあたりにいつまでも去りやらずにいる雲は、あれは妹のかわった姿(火葬の煙)でもあろうか。 

☆この歌の詞書、「土形娘子(ひじかたのおとめ)を泊瀬山に火葬(やまはぶ)る時、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首」とあり、当時はまだ珍しかった火葬によって葬られた土形娘子を「いざよふ雲は妹にかもあらむ」と歌い悲しんだ。火葬の煙は雲のほか、霞・霧に見立てられる

柿本人麻呂
飛鳥時代の代表的な歌人。後世、山部赤人とともに歌聖と呼ばれる。人麻呂は巻向山麓の里に愛する妻が住んでいたために、この付近の自然を歌った作品が多い。

歌碑の場所 22番 
国道から朝倉小学校校門に至る道の端に西面して建つ。