紹介
【由来】
昔、大洪水があり神様が上流から流れてこられた。大西では稲田姫(いなだ)、江包(えっつみ)では素盞嗚命(すさのおのみこと)をお助けし祀った。その後毎年正月にご結婚されることになったという。(和州祭礼記より) また洪水の際、稲田姫が蛇(ジャ)になって川を渡られたので、その後この行事が行われるようになったとも伝えられている。
【解説】
本件は、奈良県桜井市の大西と江包で行われる豊作と子授け祈願の行事である。江包が男綱、大西が女綱を作る。次いで御綱かけが行われ、女綱が市杵島神社を出発して区内を巡りながら江包の素盞鳴神社にむかう。女綱が素盞鳴神社に着くと、男綱も素盞鳴神社に向かう。男綱が素盞鳴神社に着くと、女綱と合体させて鳥居そばの榎の木につるして、双方が手打ちをして式を行う。
解説
【解説】
本件は、奈良県桜井市の大西と江包で行われる豊作と子授け祈願の行事である。江包が男綱、大西が女綱を作る。次いで御綱かけが行われ、女綱が市杵島神社を出発して区内を巡りながら江包の素盞鳴神社にむかう。女綱が素盞鳴神社に着くと、男綱も素盞鳴神社に向かう。男綱が素盞鳴神社に着くと、女綱と合体させて鳥居そばの榎の木につるして、双方が手打ちをして式を行う。
祭り前📅綱づくり
【江包地域】
春日神社内で雄(男)縄づくり

【大西地域】
市杵島神社で雌(女)縄づくり
準備
当日 午前8時頃
【江包】
春日神社に集合→児童公園に雄綱を運んで、綱の「化粧直し」をする、(頭部の直径は約2メートル・長さは約3メートル)また、春日神社で引き綱(約30メートル)を「胴締め」作業する。

【大西】
神社に集合、御綱神社神事 竹に紙をつるした御幣八本を立てて、神饌を供えておこなう。
午前9時00分頃
【江包】
春日大社で引き綱(約30メートル)を「胴締め」作業する。

【大西】
市杵島神社を出発  村内巡回
途中、結婚や新築など祝い事の有った家々を回る。
午前9時30分頃
【江包】
「化粧直し」や「胴締め」の終了後、地域の東方にある南池まで雄綱を担い春日神社まで巡回する。途中、結婚など祝い事の有った家々を回る。

【大西】
相撲場(田圃・大西地区)に到着 相撲をおこなう。綱の尾を土俵にして、 泥田の中で相撲をする。泥が着けば着く程その年は、豊作と言われている。 小一時間相撲がおこなわれる。
午前10時頃
【江包】
春日神社に戻ってくる。境内で祝い事の有った家の人々を祝う行事をする。
午前10時30分頃
【大西】
江包の素盞鳴神社に向け出発。先導は、神主と仲人の喜田氏がおこなう。
午前10時45分頃
【江包】
相撲場(江包地区)で相撲
酒宴をした後、相撲場(田園)で泥相撲をおこなう。 泥が着けば着く程豊作と言われている。 二〜三回の休憩をはさんで、一時間程度の泥相撲をおこなう。
午前11時頃
【大西】
素盞鳴神社に到着
仲人役は、七度半の「呼び使い」を春日神社に向けておこなう。この間、雌綱は広げて待っている。
午前11時30分頃
【江包】
大西の七度半の「呼び使い」に応じて、相撲場から男達に担ぎ上げられた雄綱が、素盞鳴神社前で待っている雌綱に向かって突進する。
午前12時以降
【江包】
素盞鳴神社「入船式」 両者が繋がって、神前につるされる。尾は、両方長く張って、雌綱は初瀬川を越して対岸の大木にくくりつけられる。(綱は五月中旬まで吊られている) これで双方の参加者が手打ちをし、大西からは仲人と村役だけが残り、江包側と社殿で式をおこなう。
『桜井風土記』〔発行 桜井市 著者 栢木 喜一氏〕より
考察
この行事は古くからの田遊び祭りの一種で、農作業の豊作を予め祝う儀式。この種の行事は、日本全国ところどころで、いろんな形で伝えられている。関東の赤塚、近畿の飛鳥のおんだに代表される感染所作(かまけわざ)というべきものであろう。〔折口信夫全集〕広く米作地帯ではどの国にもあった、豊作を祈る農民の切なる願いの表れなのだ。しかし、ここのは人が扮するのではなく、藁で作られており、それがまことに巨大であり、しかも厳粛な所作がまもられてきていることがありがたい。
『桜井風土記』〔発行 桜井市 著者 栢木 喜一氏〕より

時間については概ね目安です。江包と大西二つの地区で行われる行事になります。

周辺には駐車場がありません。

最寄り駅はJR巻向駅になります。